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歩道の錆びついた自転車が凍えている

by orie1166

 気になる、調べたくなる、この気持ちの理由を分析したくなる。

 突然ですが、こういう気持ちに襲われることありませんか? 私の場合は、方言とか若者言葉の類。「え、この言い方って方言?最近使われるようになった言葉?どういう語源?どういう活用???」と。次にお店や宿などにお客の立場で行った際にときどき感じる心地悪さ。悪を糾したいとかそういうことではなく、純粋に何が理由で人は心地悪くなるのかを分析したくなる(心地よさも然り)。

 先日「ほぼ日の学校」の木﨑賢治(音楽プロデューサー)さんの放送回のなかで、木﨑さんが時代時代での変化など音楽にまつわる細かい部分を話してられていました。そのなかで、例えば槇原敬之さんの『北風』という歌の歌詞に、「歩道の錆びついた自転車が凍えている」というのがあるんですが、木﨑さんが槇原さんに「この歌詞どうやって出てきたの」と尋ねたところ「その光景を見た」「やっぱり」というようなやりとりがあったそうです。(松任谷由実さんの歌の歌詞なんかでも同じように、実際に見た風景があってこそ、歌詞が生まれる、という。)私だったら冬空に自転車が止まっていても、「自転車が凍えている」なんて表現は生まれてこないだろうし、そもそも自転車があることすら気づかないと思う。学生時代この曲をよく聴いていたので空で歌えるが、「歩道の錆びついた自転車が凍えている」という歌詞のことを深く考えたこともなかった。マッキーにかかれば自転車でさえ歌詞になってしまうし、木﨑さんはそんな自転車の歌詞が気になったのか...と。

 そこで感じたのが、そうか、誰しもそれぞれにスイッチが入るというのか、急に気になったり調べたくなる "コト" が存在するんだよ、と。

 「好きなことを仕事にする」とか「好きだけでは仕事にできない」という言い方をときどき聞く。でも自分の「好き」って何?そもそも、それがわからないからどう進んでいいのか悩むわけだ。 でも、その「好き」は、言い換えれば、熱のようなものに思えてきた。ポッと心のなかに灯った火、消そうとしてもやはり次に同じことがあった際にまた点いてしまう火。そういう火が「好き」であり、それが仕事に結びついてゆくと考えれば、自分のやりたい仕事は少し見つけやすくなるのかもしれない。

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